中古市場は果たして宝の山なのか

私は中古市場の構造に追い詰められているボドゲ制作者なので、中古市場に対する興味関心も持ちあわせています。自分に被害を及ぼしてくる対象を知っていく必要もあるのです。例えるなら、「知日家」と「親日家」の言葉の意味が異なることと同じです。

中古市場に追い詰められているからといって、中古業者に不用品をまったく売らないかといったら、そうでもありません。貧乏になっていく多くの日本人と同じように、私もそうです。中古市場は社会に必要な側面もあるけれど、害悪も大きい。必要悪?なのではないでしょうか。

「中古市場を盛り上げよう」とか「中古市場で儲けよう」的な本も読んだことがあるのですが、その本の内容で特に印象に残っているのは、「日本の家庭には換金できるものがいっぱいある、その埋蔵量は〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇円と言われているから、積極的に売って経済を盛り上げよう」的な内容です。

盛り上がってウハウハになるのは中古業者です。日本全体を俯瞰して観るとするならば、中古市場が盛り上がっても、全体としての日本の経済はちっとも盛り上がりません。日本の中古品が海外に流出するのであれば、日本単体だけを観るとプラスなのかもしれませんが、それは海外からお金を吸い取っているのと同じです。

中古市場は世の中に新しい何かを産み出しますか?

中古市場はロングヒットを殺している説

ボドゲはもうオワコンなんじゃないか説の投稿への反応のひとつに、「枯山水の様なヒットは長い事耳にしない」という声がありました。


中古市場が作品を殺しにかかってくるので、ヒット作品はなかなか産まれづらいのです。

数が売れれば売れるほど、売れた作品は中古市場にも流れていきます。貧乏になっていく日本において、価格の安さはある種の正義です。貧乏になるほどに、中古品への抵抗感が低くなっていきます。

ボドゲの中古市場において、駿河屋の存在は絶大です。その絶大さは、中古市場の範疇をはるかに超えて、新品の売れ行きに直接的な打撃を与えます。与える打撃の大きさは、中古市場に流れる作品の数量が多ければ多いほど絶大になっていきます。

凶悪な中古市場に対して、ボドゲ出版社は、中古市場に流れる前に初動の勢いで売り抜けよう!という挙動をとるようになります。中古市場に数多く流れてしまうと、ボドゲ出版社は新品が売れずに在庫を抱えて死んでしまうから。

「あの作品は絶版かー」「この作品も絶版かー」という状況になっているでしょう?それは仕方のないことです。だって中古市場が存在するから。これはボドゲ出版社が生死をかける状況に引きずりこまれているということなのです。中古市場が強力だから仕方のないことなんですよ。

ゲームマーケットからの離脱を模索する

コロナを契機としてゲームマーケットの出展料が値上げされていますが、世間のコロナ対応が落ち着いてきている今となっても、元の出展料の水準に戻されていません。ゲームマーケットは運営企業にとって、出展者からお金をより多く吸い上げるものとなってしまったのでしょうか?

ボードゲーム制作は、他のジャンルと比較してけっこうお金がかかります。例えば、本業がサラリーマンで、趣味としてボードゲームを制作している人にとっては、ゲームマーケットに対しては趣味の範疇としてお金を投じられるかもしれませんが、ボードゲーム制作で生計を立てている制作者は利益を出さないといけませんので、ゲームマーケットの高い出展料はたまったものではありません。

ゲームマーケット以外のボードゲームイベントがいくつか出来てきているので、いっそ、ゲームマーケットから離脱してそれらの中小のイベントを中心に出展していきたいところなのですが、いまのところ集客などの面で、とてもゲームマーケットほどの力を持っていません。

ゲームマーケットにお金をちゅーちゅー吸い取られたくはないけれど、ゲームマーケット以外のイベントでは売り上げはいまいち、さてどうしたものか、と悩んでいる制作者は、声に出さないだけで多いのではないでしょうか。

今後、どうなっていくんでしょうね。